焦る日本、フランシスコ教皇訪日推進本格化~カトリック信者をバチカン大使に
下記の 韓国のニュースですが、秋篠宮ご夫妻が
日本政府の要請をもって
訪日要請するということはありえませんが
日本政府が焦燥感を感じるとすれば
日本のカトリック司教団が、愚かにも 反政府活動
共産主義活動、平和安全法制を 戦争法案などと言い換えて
もともと反共産主義で保守的な思想の信徒が多く
自衛官の信徒もいるカトリック信徒の多くの思いを無視して
共産主義署名活動をして、バチカンの名も日本の名も
同時に貶めていることが懸念するところでしょう
平和安全法制は、世界各国から称賛され、特にヨーロッパ諸国
カトリック、バチカンからも平和たのための連携を
喜ばれているからです
その意味では、韓国のこの報道は、ニュアンスは違うものの
まったくの間違いとはいえないでしょう
焦る日本、フランシスコ教皇訪日推進本格化~カトリック信者をバチカン大使に・秋篠宮王子が訪日要請か[05/11] [無断転載禁止]©2ch.net
http://img.yonhapnews.co.kr/etc/inner/KR/2016/05/11/AKR20160511168300109_01_i.jpg
▲教皇を礼訪して贈り物を渡す中村芳夫、新任バチカン大使[AFP=聯合ニュース]
天主教シンジャ大使で派遣…王室一員教皇面談
(ローマ=聯合ニュース)ヒョン・ユンギョン特派員=歴代のどの教皇より人気が高いフランシスコ教皇の訪問を望む世界各国の要請が殺到するなか、日本も教皇の訪日にどんどん精魂を込めていて関心を引く。
11日、バチカン消息筋によれば最近、日本が法王庁との関係を一層強化する姿を見せ、フランシスコ教皇を自国に「迎える」ための作業に積極的にのり出しているという観測が提起されている。
日本政府は最近、カトリック信者の中村芳夫を法王庁大使として派遣し、バチカン外交家の話題になった。カトリック信者数が全人口の0.5%にもならない50万人余りに過ぎない日本が信者出身の大使を法王庁に送ったのは前例がないと伝えられたバチカン外交関係者たちは日本政府の今回の措置はフランシスコ教皇の訪日を成功させるために法王庁に送る特別メッセージの性格が濃いと見ている。
日本側はフランシスコ教皇が就任翌年の2014年8月、韓国を訪問したことに内心、近い日本にも立ち寄ることを希望したが、かなわないまま、これまで多角的に教皇訪問を要請してきた。しかし、この様な努力にもかかわらず、成果がないのでカトリック信者を法王庁大使に電撃抜てきしたことが分かった。
日本はフランシスコ教皇が訪韓当時、4泊5日韓国に留まってアジア青年大会に参加し、朴槿恵(パク・クネ)大統領と面談するかと思えば、セウォル号遺族に洗礼を与えるなど多様な日程を消化した反面、自国はまだ訪問計画さえ得られないことに少なからず焦りを感じていたという。
こうした中、12日、明仁日王の次男の秋篠宮王子夫婦がフランシスコ教皇を礼訪するのも教皇の訪日推進作業の一環と解釈されている。日本とイタリア修交150周年記念式参加のためにイタリアを訪問中の秋篠宮王子はこの日、教皇と歓談する席で日本訪問も要請すると伝えられた。
しかし、海外歴訪にあまり出ないフランシスコ教皇は「慈悲(いつくしみ)の聖年」である今年は国内日程があまりにも多いせいで来る6月、過去のソ連圏国家アルメニア、9月ジョージアとアゼルバイジャン訪問を最後に事実上、海外歴訪を終える予定で教皇訪日は当分容易ではない展望だ。
一方、2005年に亡くなった教皇ヨハン・パウロ2世は1984年、韓国を訪問するのに先立ち1981年日本を先に訪れたことがある。
ソース:聯合ニュース(韓国語) 日本焦燥感の中フランシスコ教皇訪日推進本格化
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2016/05/11/0200000000AKR20160511168300109.HTML
バチカン放送局ニュース
中村芳夫・駐バチカン大使、教皇フランシスコに信任状奉呈
教皇フランシスコと中村芳夫・駐バチカン特命全権大使 - ANSA
教皇フランシスコは、5月9日、日本の中村芳夫大使を迎えられた。
中村芳夫(なかむら よしお)・駐バチカン特命全権大使(73)は、このたび信任状奉呈のため教皇宮殿を公式訪問した。教皇は大使を歓迎され、挨拶を交換された。
中村芳夫大使は、1942年生まれ。1968年、経団連入局。1993年、経団連国際経済部長。1995年、常務理事。2001年、専務理事。2006年、事務総長。2010年、副会長、事務総長、2014年6月、顧問。同年7月、内閣官房参与。
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